伝説のロック・スター、パティ・スミスが自ら書き下ろし編集した初めての私的コンプリート本。 『Horses』から4月5日発売の最新アルバム『GUNG HO』までの全アルバムの歌詞、曲やアルバムに関するエッセイ、そしてデヴュー前から現在までを網羅した約150点もの写真がつまった、パティ・スミスのファンのみならず、ニューヨーク・パンク、ビートニクスファンに捧げる貴重な一冊。 |
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声を見つけるまで 初めてのレコード・プレーヤーを思い出す。 ランチ・ボックスよりもちょっと大きめなだけで、赤と黄色の二枚のレコードを持っていた。「テュビィ・ザ・テュバ」と、「ビッグ・ロック・キャンディ・マウンテン」だ。それらが回り出して世界を生み出すのを、わたしは満足そうに見つめた。 でも、最初にはらわたをつかまれるほどの強い印象を受けた歌は、リトル・リチャードだ。 日曜日のことだった。わたしは母と手をつないでいた。日曜学校に行くところだったのだ。母は『不思議の国のアリス』に出てくる白ウサギのようなヤギ革の手袋をしていた。母がそれをはめると特別な感じがしたので、わたしはその手袋にとてもあこがれていた。わたしたちはボーイスカウトのクラブハウス─ふたつの巨大な冷蔵庫をぶった切って、つなげたようなもの─の前を通りかかった。リッチー・グラスゴーがかかっていて、その次に手製の窓(外を眺めるためよりも、空気を入れるためといったもの)から流れてきた音を聞いた時、わたしは突然その場に立ち止まった。そして手袋が脱げるほどの勢いで、母の手から自分の手をもぎ取った。 1969年、わたしはロバート・メイプルソープとともに、チェルシー・ホテルに移った。その時には、もう画家になる夢は捨てていた。わたしはアングラ劇場で働くことを持ちかけられた。しかしそこは、あまりにも窮屈だった。わたしは人々と接触し、もみ合うことにあこがれた。ロバートが詩を朗読することを勧めてくれたので、朗読会にも参加してみた。しかしここは、もっと窮屈だった。ボブ・ニューワースが音楽がつけられるような詩を書いたらどうかと提案してくれた。そして、サム・シェパードがそのうちのふたつを、彼の戯曲の『マッド・ドッグ・ブルース』で使うことになった。 わたしの心にあったのはこういうことだ─アーティストの進む道、自由を再定義する道、宇宙の再創造、新しい声の出現。 そしてそういったことを─不器用ながらも─わたしはロックのスタイルを通して表現するに至った。わたしはただの捨て駒かもしれない。でもそれでもなお、自分が感動を作り出すことができるようになったのをうれしく思う。 わたしにそのようなものを作らせてくれたすべての人々にお礼を述べる。 | ||