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●審査員総評
小沢有子(A.I.T.ディレクター)
「リェストゥール・キエロフスキって誰?」今回の提案をみたとき、架空の展覧会を企画して、その展覧会があたかも本当にあったかのように展覧会カタログをつくってしまった人がいたのを思い出しました。彼女は、AITが運営しているMADというキュレー
ションコースの受講生で、その架空の展覧会のためにアーティストの名前、作品、略歴まですべて一人で創造し、その「記録」をカタログに収めました。実際に国際的な舞台で活躍しているキュレーターにカタログ帯用のテキストを書いてもらい、そこには展覧会に対する美辞麗句の洪水が嘘のように書かれていました。私たちがあたりまえと思っていることを、軽快にとびこえ、見事に意表をつく彼女のアイディアは、キュレーションそのものを揺るがせる大胆なものです。このキュレーターズ・コンペティションでは、こうした小さなアイディアで大きな疑問をなげかけるようなキュレーションの提案が、アップリンクギャラリーというまさに美術館、ギャラリー、白い箱の空間ではない場所を最大限に利用して、今後ますます増えることを期待します。
立石和浩(『BRUTUS』エディター)
アップリンクギャラリーの第二回キュレーター・コンペの受賞プラン「ノストラダムスは生きていた!〜地球はすでに滅亡している〜」は、見物小屋的いかがわしさとあっけらかんとしたユーモアを買うが、ライブ度が高いので「すべる」リスクも大きい。しかし「誰でもピカソ」のようなテレビ番組がアートを対象とする時代、アートがお笑い同様の観客の視線を浴びることは当然といえば当然です。現代アートこそもっともっとシビアなお客さんの目で育てられるべきでしょう。古典だってそうやって生き残ってきたのです。
さて、今回審査して感じたことですが、キュレーションの枠をもっともっと広げて捉えてもよいのではないでしょうか?マーク・ダイオンのスタイルのようにある特定のしばりの中でガラクタを集めてくるプロジェクトだってありでしょう。ギャラリーの中で「市」を開いたって、一見しょーもないギネス挑戦ものをやったって、格闘技をやってもいいわけです。要は機知や戦略があれば。ここのギャラリーは何だって受け入れるキャパシティがありますし、いまさら「それはキュレーションじゃない」って私らもいいませんよ。いや、むしろ私らが大きな拒否反応を起こすものでも持ってきてもらえば、それは新たな表現につながるかもしれませんよ。ただし、幾多の屍を乗り越える必要がありますが。今さらいうのも何ですが前衛の方法論として「キュレーションを疑う」はありなんです。アートの枠に自ら閉じこもることなくソーシャリスティック、ジャーナリスティック、サイキックなどなどいろんな攻め方をしてきてほしいし、もっといえばそんなレッテルにさえ納まらない破壊的な新しさをもつ企画を被虐的に待ちたいと思っています。
岩渕貞哉(『美術手帳』編集部)
受賞したリェストゥール・キエロフスキの企画は、人面犬やピラミッド・パワーといった、これまで美術では敬遠されてきた都市伝説やオカルト的な“うさんくさい”題材をどのように展示として着地させるのか、見てみたいと思わせた。そもそも「スーパーフラット」ないまの日本でないと、このような企画自体があり得ないということを考えると、ある種の批評性も感じられる。作家の柴田ジュンとともに、この難題をどのように解いてくれるのか、その手腕に期待したい。その他の応募者について。企画自体はよく考えられており、面白いものもあったが、実際に展覧会をした時の、観客や作家、ギャラリーへのエフェクトに対する読みが少し甘いというのが印象として残た。
若輩ながら、これまでコンペに2回参加して感じたことは、日本におけるキュレーターという職業の困難さである。なぜなら成功モデルが想像しずらいのだ。しかし昨今、不況下でまっさきに実施される美術館の予算削減や、存続自体の危機など、その基盤の脆弱さを目の当たりにするにつけ、個人で動けるキュレーターという職業が、いまこそ必要とされているのだと感じる(その時、日本映画界におけるプロデューサーという職業を考えてみることは、無駄ではないだろう)。その意味で、キュレーターとは、目指すものではなく、その職種自体をみずから創造して、それに“なる”ものなのだ。そんなキュレーターの出現を待っている。
浅井隆(アップリンク主宰)
今回受賞した『ノストラダムスは生きていた!〜地球はすでに滅亡している〜』は、一歩間違えるとその展示は相当寒くなるのではと思ったが、企画書に添えられていた猥雑なオープニング・パーティの一点のイラスト、そして、作家の作品を周辺のイベント企画で盛りたてようというキュレイターの意気込みをかいグランプリに押した。
昨年ギャラリーをオープンしてから毎日考える事は、アーティスト、キュレイター、ギャラリーが日本で経済的に自立して存在する方法はあるのかということである。アップリンクは、映画の配給をベースに仕事をやってきた。映画業界に例えれば、アーティスト(映画監督)、キュレイター(配給会社)、ギャラリー(映画館)、と僕は位置付けている。アップリンクは、アートにおける映画館(ギャラリー)を作ったので、いい配給会社(キュレイター)と仕事をいっしょにしていきたいと思っていたが、アート・フィルムの興行も大変な現状で、フィルムをとった“アート”自体はもっと大変だと言うことを実感している。とはいっても新しい、キュレイターやアーティストと出会ってアート・シーンを面白くしていきたい。これまで、キュレイターをアーティスト以外に限っていたが、インディーズ映画が監督自ら配給宣伝を行うように、今後はアーティスト自身のキュレイター・コンペへの応募を認め、より可能性のある“パンク”な企画を募集していきたいと思う。
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