監督メッセージ

「無音から生まれる音楽は常に傍にある。」
そんな想いからこの作品の構想が始まった。耳が聞こえない人のために、視覚や振動を使って音楽を伝える工夫が今までなされてきた。例えば振動を身体で感じることができる和太鼓、音楽の歌詞に合わせて手話で表す手話歌、リズムで表現するダンス。
しかし私は、それらに対して"物理的な音"を媒介にしている感覚がどうしても拭えなかった。聾者が分かるように聴者が工夫しながら表現した音楽よりも、むしろミュージカル映画の『ウエストサイド物語』や徳島県民が連なりながら舞う阿波踊り、オーケストラを総括する指揮者や演奏者が奏でる指や表情のエモーション、ピナバウシュ舞踊団の踊り──私はそれらを無音で鑑賞し、彼らの魂から音楽を感じてきた。
私の心を揺さぶる"それ"はいったい何なのだろう。ずっと考え続けてきたある時、私は手話詩に出会う。ある一人の聾者が奏でる手話詩※を観た瞬間、聴者が生み出した"それ"と同様のカタルシスを覚えた。手話そのものに音楽があることに衝撃を受けるとともに、その聾者が人生の中で抑圧されてきた悲しみ、絶望、怒り、そして希望と愛を目撃した。

ソシュールの言語学に「言葉そのものが意味を持つのではなく、差異、つまりある言葉と他の言葉との違いを作り出す体系が意味を生む」という見方がある。言語体系が違うということは、単に言葉の意味が違うだけではなく、世界を見る時の物の見方も違うことも意味する。ヨーロッパが作り出した調性音楽をアフリカの人々が聴いても楽しみにくいように、聾者も聴者とは違う世界観で音楽を視覚的、振動的な存在として捉えている。聴者が耳から聴く音を基に声帯や身体で歌うように、聾者もまた身体で感じる振動や鼓動、目から入る風景や光景を基に手や身体で魂を歌い出しているのである。
"聾者の音楽"とは何か。それをさらに昇華させるために、 身体表現で活躍されている雫境さんと共に色々話し合い、日本の聾者ならではの表現、そして聾者一人ひとりが持つ素材をできるだけ引き出した。この作品を契機に、皆が持つ"音楽"に対する意識に対して一石を投じられたら、という想いを込めて。

牧原依里

※手話詩…音や音楽を供わず、聾者のリズムで手話が繰り出され、手の動きで「韻」が踏まれるもの。
金澤貴之「日本にあるもうひとつ の言語ー日本手話とろう文化」より引用

鼓膜から入ってくる「音」の存在は無いに等しい私は、音楽に合わせて踊るなんて出来っこないと思っていた。それがご縁あって舞踏の世界に入り、音楽のリズムなどに合わせなくても「踊る」ことができるのを知った。
私の舞台における音楽はBGM的な役割をしているこ とが多い。一方、ライブ等で即興的に踊るときは、自分の身体の内なる感覚と外から受けるもの(観客のエネルギーあるいは音楽かもしれない)の感応などを身体表現へ導き、その過程を楽しんでいる。

そこで、手話で生活している私たちにとって、手話が言語としての機能を持つだけではなく、思想、感情によって、それがとても些細な程度であっても手と顔そして身体を揺り動かし、非言語的な空間を構築する可能性を持ち合わせているはずだ、と思い始めた。さらに私は意思伝達に熟れている聾者の手の動きは、さらに「音楽」を築き上げていけるのではないかと思い続けてきた。

そんなとき牧原さんと出会い、積み重ねてきた自分の思いを映像で表現する可能性を見出そうと実験的に作品を作り始めた。 本作品において私は、出演者によってほぼ振付したり、感性に任せて表現させて少し修正を加えたり、完全にそのままにしたりした。 この映像によって完結することなく、来たる誰かのさらなる創造の糧になれば幸いだし、私もまた自分の表現の可能性を広げてゆくきっかけになると感じている。

雫境(DAKEI)