『むかしMattoの町があった』

11/19(土)~11/25(金)モーニングショー

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日時
11/19(土)~11/25(金)モーニングショー
料金
一般¥2,000/学生¥1,700/シニア¥1,700/高校生以下¥1100/障害者¥1,100/UPLINK会員¥1,000 ※特別興業の為パスポート会員使用不可。※サービスデー適応外。平日学割適応外。
会場
FACTORY(1F)
作品分数
198分(2部作・インターバル休憩あり)
バリアフリー版上映(日本語字幕&副音声)
11/23(水・祝)

トーク付上映
11/19(土)大熊一夫氏(180人のMattoの会代表)
11/20(日)大熊一夫氏(180人のMattoの会代表)
11/23(祝)大熊一夫氏(180人のMattoの会代表)、ゲスト:藤井克徳(日本障害者協議会代表)

バザーリアを知らずして精神保健福祉は語れない!



イタリア精神保健改革の最初の20年を描いた素敵なイタリア映画――題名はC’era una volta la città dei matti。イタリア語のmattoは狂気をもつ人、「Mattoの町」は精神病院を意味します。
イタリア国営放送RAIと映画会社Ciao Ragazzi!が作った3時間の大作は、2010年2月に2夜連続で放映され、なんと21%を越える高視聴率でした。その後、ヨーロッパ各地で、南米のブラジルやアルゼンチンで、トルコで、イランで、自主上映運動が展開されており、日本での取組みも最終盤を迎えます。



【第一部】(96分)
物語はイタリア精神保健改革の父フランコ・バザーリアを軸に、アメリカ進駐軍に凌辱された女性から生まれたマルゲリータ、 旧ユーゴでファシストとナチスに蹂躙されて家も肉親も失ったボリス、などの入院患者と共に展開します。
1961年、ゴリツィア県立精神病院長に赴任したバザーリアは、非人道的な隔離収容の様子を目の当たりに――小さな檻に閉じ込められるマルゲリータに顔を近づけると、唾を吐きかけられ、独房のベッドに15年も縛り付けられてきたボリスを回診すると、屈強な看護師たちに押さえられた彼の汚れた股間にホースの水が無遠慮にかけられています。まるで牢獄のような環境に「こんな状態では治療はできない!」と感じたバザーリアは、早速「自由こそ治療だ!」をスローガンに、病院改革に取り組み始めます。患者たちを集め自由に討議させ、病院のフェンスを取り払い、患者に外出の自由を与えます。
バザーリアは、ゴリツィア病院の収容所臭さをなくす事に心血を注ぎます。こんな院長に、マルゲリータやボリスの頑な心も、少しずつ開かれていきます。しかし県当局は、病院外に精神保健センターを造る事も、職員を増員する事にも反対します。難色を示していた病院スタッフの中にも理解者が現れ、一見順調に見えた矢先に、外泊した男性が妻を殺める事件が重なって、バザーリアは病院を追われてしまいます。



【第二部】(102分)
1971年、トリエステ県代表(日本の県知事に当たる人物)が、県立サンジョヴァンニ病院長になってほしいとバザーリアを口説きます。彼は、「白紙委任状」(つまりカネを出しても口は出さないということ)を条件に、院長を引き受けます。志を同じくする医師や病院スタッフとともに、患者を地域に住まわせ、病院機能の縮小を図るとともに、政府に精神病院の解体を訴えかけます。やがて病院は縮小されて、代わりに24時間オープンの町なかの精神保健センターに機能が移されます。
1978年、国会はついにイタリア中のマニコミオ(精神病院)の廃止を決定する法律180号(通称「バザリア法」)を可決し、患者たちは復権を果たすことになります。
映画ではバザーリアが長年にわたり寄り添ってきた患者たちが、マルゲリータもボリスも、人間として復権を果たす姿をラストシーンで抽象的に描いています。

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