ストーリー
1931年、樺太で生まれた南定四郎。22歳になる年に上京し、自分らしい生き方を模索し続けた彼は、1984年、ゲイ解放運動を開始する。活動に没頭するなかで、その熱意は次第に彼自身をも強く突き動かしていく。
そして1994年、ついに日本初のプライドパレードを開催。しかし回を重ねるにつれ、運営は独善的なものへと変化していく。第3回パレードでは大きな反発を受け、南氏は運動の第一線から退くこととなった。
時代に翻弄されながらも、正義に突き動かされ、熱狂のなかを駆け抜けた半生。
本人の証言に加え、当時の関係者のインタビュー、報道資料、写真、映像をもとに、その激動の軌跡をたどる。
コメント
陽の当たる大通りで「私はゲイです!」ってパレードするなんて、正気の沙汰じゃない。
32年前、大学生だった私にそう思わせたことを実行した方。
私を含め日本中に、性的少数者であることを恥じず、隠さず生きる人生の種を蒔いた方。
この貴重な記録映画で、その壮絶な歴史を初めて知ることができました。
パレードに参加した全ての人、そんなの意味がないと思う人、まずは観て!
ブルボンヌ(女装パフォーマー)
革命家も人間。完璧なわけではない。しかし、革命の一歩を踏み出した足跡は、何年経とうが消えることはない。後に続く者たちは、その力強さも不正確さも見つめ、より良い革命のかたちへと築き上げていく。私たちが生きる現在と未来は、革命の軌跡を歩んだ先人たちの過去と地続きに繋がっている。そんな歴史の一端を、私たちは目撃する。
中里虎鉄(ライター・俳優)
Get in touch 制作の記録映画「私はワタシ over the rainbow」では、南さんにもインタビューを受けていただいた。20分の予定が、気づけば2時間以上。“伝えたい私史がある”という想いが、ヒシヒシと伝わってきた。
その壮絶な半生を映画として結実させたこと自体が、まずすごい。
情熱を注ぎ、先頭に立つ人の理想や理念、正義、そして、協働の歓びと、そこに 否応なく生まれる孤独。その光と影を見つめながら南さんに寄り添おうとする制作者の敬愛が根底に流れている。断罪するのでも、美化するのでもなく、一人の人間として見つめ続けた制作者の眼差しが印象に残る。
東ちづる(俳優・一般社団法人Get in touch 代表)
私たちが「進んできた」と思っている道は、誰の痛みの上にあるのか。帰らぬ人となった仲間、激しい衝突、コミュニティの分断——この映画は、パレード黎明期の記憶を美化せず、丁寧に掘り起こす。良いも悪いも語る南さんの姿勢と、同時代を生きた方々の生の声は、霧の向こうにあったものを照らし出す。知らなかったことを、知る。それもまた、前へ進む力になると信じたい。
五十嵐ゆり(NPO法人プライドハウス東京 代表理事)
1994年8月、日本初のプライドパレードに参加した私は、大いに勇気づけられ感動した。だからこそ2000年以降、さまざまな形でパレードに関わり続けてきたのだと思う。そんな私にとって、パレード草創期の記録ともいえる本作は非常に興味深かった。一方で本作は、南定四郎という「94歳のゲイ」の人間ドキュメントでもある。意志が強く率直で、道なき道を切り拓くパワーを持つが、周りの人を振り回し、敵も作ってしまう。「やっぱり私自身がやり方間違ったなと思いました」といった南さんの言葉が、心に重く響いた。
エスムラルダ(ドラァグクイーン・脚本家)
歴史の英傑と呼ばれる人間は、エネルギーの凝集体として同時代の人々を動かし、人心を揺さぶり、社会を変革し、時に周囲が巻き込まれることもある。南定四郎は日本のLGBT史において、まさにそういったスケールでようやく捉えることができる「英傑」なのだと思い知らされた。その長寿の英傑の姿を、本人や周囲の証言、様々な映像記録を交えて時間的にも空間的にも立体的にありありと浮かび上がらせた、監督の力量に喝采を送りたい!
ちあきホイみ(歌手・女装)
戦争と戦後の日本を生き抜き、日本初のプライドパレードを切り拓いた一人の男性同性愛者。その歩みには、ヘテロ中心の社会に抗い続けた確かな力強さがある。けれど、よりよい社会を願う熱意は、ときに誰かの声を遠ざけてもきた。だからこそ必要なのは、ただ称えることではなく、立ち止まり、自らの正しさを問い直し、他者から学び続けること。本作は、その痛みを伴う学びの軌跡を、どこかノスタルジックに映し出している。
フーウェイ(柔道タイ代表・博士課程在籍(クィア研究))
私がいま歩いている道は、勝手にできたわけではなく、誰かが切り開き、舗装してくれたもの。その重要な「誰か」の一人である南定四郎さんが辿ってきた道や課題を、当時の貴重な映像とともに観ることができる重要なアーカイブ。
松岡宗嗣(一般社団法人fair代表理事)
初めてパレードで渋谷の街を歩いたとき、体の中をさわやかな風が吹き抜けていくような爽快感、解放感を味わったのを覚えている。
そんなパレードを日本で始めてくださったのが、南定四郎さん。
そうわかっていても、過去の事情を知らない私は、"権威"に見える南さんに対して苦手意識があった。
しかし、この映画の中で「一人で何でもできると思っていたのは思い違いだった」と語る90代の南さんを見て感じるのは、彼もまた自分らしく生きようともがいてきた一人の人間なんだな、ということ。
先頭を歩く人には、後続が見えづらいものだ。
けれど、少し離れて俯瞰してみたとき、南さんの目にも、後に続く大勢の人の姿が見えたのではないだろうか。
山賀さや(編集ライター・市議会議員)
たった1人の熱狂で生まれた大きいトラウマ。寛容さの足りなかった時代への反省と教訓は未来へ残すべき歴史。
よしひろまさみち(映画ライター)
闇の中を彷徨うしかなった時代に、最初の灯火を掲げた人がいた。熾烈すぎたがゆえに他者も自身も火傷させてきたその炎は、しかし確かに未来へと繋がる道を照ら出した。「前史」から「歴史」が切り拓かれた物語は、今、私たちの手に委ねられている。この灯を絶やしてはならない、と決意を新たにした。
李琴峰(小説家)
南さんの生い立ちから近年に至るまでの軌跡がよく分かりました。「レズビアン・ゲイ・パレード」をめぐって起きた様々なこと、南さんや当時関わっていた人たちが、現在そのことをどう思っているのかが、取り上げられており良かったです。映画の中で、南さんが口にしていた「女々しい」という言葉にある否定的なニュアンスを根本からとらえ返したいですね。性的少数者に対する偏見・差別が根強い中、運動をすすめ、広げていくことは困難ですが、運動に関わっていた人たちのパワーを感じ、歴史を映像に残すことの重要さを実感しました。
若林苗子(れ組スタジオ・東京)