完成までに数年かかりました。1999年にエルジェ・ファンデーションに連絡を取り、それが長い交渉の始まりでした。彼らの信頼を獲得し、無名のデンマーク人監督に大切なものを預けることに納得してもらえるまで、かなりの時間がかかりました。私は彼らに、ベルギーでもフランスでもなく、ヨーロッパの他の国の人間がエルジェについてのドキュメンタリーを作ろうとしていることは、よいことだとも主張しました。そしてこのプロジェクトは、セレブリティについてただ事細かに紹介するというものではないこと、私がエルジェの創作物に対して大きな情熱を持っていることをファンデーションに理解してもらわなければならなかったのです。結果それでこの映画を作らせてもらえることになったのだと思います。

エルジェのインタビューの音源が存在するということは、最初知りませんでした。それを知ったのは、エルジェ・ファンデーションとの話し合いを始めた頃です。「ここだけの話、30年間眠っていたテープがあります。有名な書籍の元素材なのですが、その本は厳しく検閲されてしまいました。」とファンデーションの人が教えてくれました。とても幸運なことでしたね。テープのコンディションはとても悪く、何度もクリーニングをしたのですが、それでも聞き取るのが難しいくらいでした。しかし私は吹き替えなどをするつもりはまったくありませんでした。そのノイズの入った古いカセットを聴くと、観客はエルジェと一緒にいられるからです。

この映画のスタイルについてですが、映像に関しては全編を通してエルジェ自身の基準に合わせるようにしました。私にはそれがとても重要なことに思えました。この映画を観た人には子どもの頃のタンタンの記憶がよみがえるでしょうから。誤ったやり方でエルジェの絵をそのまま再現して、ナレーションでどう感じるべきかを説明するのでは十分ではないと思いました。7歳とか9歳のときに、タンタンの本をどんな気持ちで読んでいたかを追体験し、その哲学によって私たちはアニメや3Dの世界で、子どもの頃に抱いた想像を広げたり再現したりできるのです。

当然ながら、なぜ数多く存在するタンタンのアニメの映画を使わないのか、という疑問がわくでしょう。しかし私には、それがよい考えだとは思えませんでしたし、エルジェの基準を破ってしまうのではないかと思いました。漫画に比べると、アニメの映画の質は格段に悪かったのです。エルジェによる動きの描写は、漫画においては完璧なもので、漫画をアニメにしてしまうと、絵から感じ取れる動きの感覚を失ってしまうのです。それで私は絵を作品として扱うべきだが、そこで何かが起こらなければならないと確信しました。美術館に入るかのように、あるシチュエーションでキャラクターが止まっているところに歩いて入っていき、そのキャラクターについて知ろうとするということは、かなり詩的なアプローチであると感じました。

このプロジェクトの真に試験的なところは、1971年に録音された会話を再現しようとしたことでした。音声はありましたが、映像はありませんでした。私たちはエルジェがスクリーン上で話している映像を持っていませんでした。よいドキュメンタリー監督というのは、いかに音と映像のシンクロが重要かを知っています。観ている人が、主人公に"出会う"決定的な瞬間、感情を分かち合える瞬間を作り出すことの重要さを、彼らは知っているのです。映画がこのようなポイントを、戦略的に持ち合わせていることが大切です。ですので、なんとかこの映画にも音と映像のシンクロを持たせなければならないと私たちは考えました。エルジェが主張をしたかったことを言っているように見せる方法を考え出さなければならず、いくつもの方法を試しました。

最初は、エルジェを絵に描いてみようということになり、何人かの漫画家に描いてもらいました。しかしその絵は、風刺画のように見えたのです。漫画家に才能がなかったわけではなく、アニメとして機能させるには、特徴を強調し、それをゆがめて平易なものにする、という漫画の性質が問題でした。それは私がやりたかったことではなかったのです。私は、非常に現実的でキャラクターに近いものを望んでいました。その人に"出会わなければ"ならないのですから。私の、エルジェに対する理解に出会う必要はないのです。

そういった試験的な方法がすべてうまくいかなかったので、私たちはエルジェがベルギーのテレビで受けたインタビューのアーカイブ映像を見てみることにしました。そこで、インタビューの彼の映像を、ここにある音声と組み合わせてみてはどうかと考えたのです。驚くことに、テレビの映像にその音声をあて、1秒に24コマではなく3~4コマを使ってみると、粗削りではありましたがうまくいきました。

早い段階で、私はエルジェをどのように表現するかを決めていました。直感的に、クレヨンで描いたスケッチのようなスタイルにしたいと思っていました。もしかすると、彼がクレヨンの飾らない線で描いた、最初の下書きのスケッチに私自身が大きく感銘を受けていたからかもしれません。ですから私にとってこのクレヨンの線は、エルジェの飾らないスタイルの象徴だったのです。しかもこのクレヨンの線は、自分の人生の最もデリケートな秘密について語るエルジェの心を開いた声のトーンに、非常によく合っていると感じました。

©HERGÉ/MOULINSART2011 ©2011 Angel Production, Moulinsart
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