クロノス・カイロス

2026.09.11Fri

アップリンク吉祥寺、シネマリスほか全国順次公開

本予告編

一部本編映像

“聞こえるはずのない音”を、映画はいかにして観客に聞かせるのか。
音響デザイナー、キルカ・サイニオの手による不穏で美しいサウンドスケープ。

イントロダクション

  • KRONOS クロノス── 誰の上にも等しく流れる、
    量られる時間
  • KAIROS カイロス── 二度と戻らない、
    その人だけの時間

恋人との別れをきっかけに耳鳴りに悩まされる男は、
壊れてしまった人生の均衡を取り戻そうと旅に出る。
その旅を共にするのは、魚介類アレルギーの殺し屋だった。

モノクロームの荒野をさまよう二人は、やがて現実とも幻想ともつかない領域へと足を踏み入れていく──。
監督ヘッラ・ウルッポ自身の離婚体験をもとに生まれた本作は、離婚、喪失、孤独、そして再生をめぐる北欧発のシュールレアリズムSFだ。
撮影はすべてスペイン・アンダルシアの山岳地帯。ウルッポが家族と移り住んだ小さな山あいの村で、外部資金をほとんど受けずに、友人たちの手だけで8年をかけて撮り上げられた。広大で幻想的な風景とモノクロームの映像美、そしてブラックユーモアが交錯する唯一無二の映画世界が、観る者を現実と夢の狭間へと誘う。
第40回ミッドナイト・サン映画祭でワールドプレミアを迎え、フィンランドを代表する映画監督アキ・カウリスマキは本作を“超現実主義者のマスターピース”と評した。

ストーリー

誕生日の祝いの席。黒い風船に囲まれたテーブルで、女は男に告げる──「新しい男ができた」。そっと頬を撫でて去っていく彼女には、すでに新しい恋人がいた。ポールダンスを踊り、球体を宙に操る女。残された男の耳の奥では、その日から鳴りやまない音が響き始める。

嫉妬と喪失に呑み込まれた男は、女のダンスポールを切断してしまう。壊れた均衡を取り戻す方法はただひとつ、新しいポールを打ち立てること。

荒野で男が出会うのは、魚介類アレルギーの殺し屋。奇妙な相棒となった二人は、モノクロームの山岳地帯をさまよいながら、不可解な出来事の連鎖へと足を踏み入れていく。

監督・キャスト

監督・撮影・編集・脚本|ヘッラ・ウルッポ(HERRA YLPPÖ)

ヘッラ・ウルッポ

1973年、フィンランド・ハルヤヴァルタ生まれ。本名フランク・ミッコ・カレヴィ・マンテュマキ。ロックバンド Maj Karma 、Herra Ylppö & Ihmiset のフロントマンとして1990年代半ばからフィンランドを代表するロックミュージシャンであり、詩人、写真家、作家としても活動するマルチアーティスト。
CMX、Haloo Helsinki!、Pariisin Kevät らのミュージックビデオを数十本にわたって監督・撮影・編集し、独自の映像表現を築いてきた。本作『クロノス・カイロス』が長編映画監督デビュー作となる。なお彼は、アキ・カウリスマキ監督『カラマリ・ユニオン』の登場人物がほぼ全員「フランク」であることに由来して、自らの名を法的に「フランク」へと改めている。

脚本・製作・出演|ミカ・ラッティ(MIKA LÄTTI)

ミカ・ラッティ

1969年生まれ。フィンランド・カルッキラを拠点とする作家、映画プロデューサー。詩集、回想録、小説などこれまでに6冊の著作を発表している。映画監督アキ・カウリスマキと共同で、カルッキラの独立系映画館「キノ・ライカ」を運営。同館は映画館、コンサートホール、バーを併設した文化施設として親しまれている。
『クロノス・カイロス』、『遠い惑星』(2023/ユホ・クオスマネン監督)などに俳優として出演。『キノ・ライカ 小さな町の映画館』(2023/ヴェリコ・ヴィダク監督)では本人として登場し、アキ・カウリスマキ監督『希望のかなた』にも姿を見せている。

主演(“男”役)|トニ・“プロトニ”・ヤルヴィネン(TONI “PROTONI” JÄRVINEN)

トニ・“プロトニ”・ヤルヴィネン

“プロトニ”の名で知られるトニ・ヤルヴィネンは、フィンランド西海岸の街ラウマで数十年にわたり文化シーンを牽引してきた人物。『クロノス・カイロス』の構想も、この街で生まれた。
DJプロトニとして幾世代ものクラブの客を沸かせてきた一方、伝説的なレストランやイベント、フェスティバルの立ち上げと運営に携わってきた起業家でもあり、ラウマの夜を象徴する存在である。
俳優としては天性の才能を持つ。長年の友人である監督ヘッラ・ウルッポが、その「歩き方」だけを理由に彼を主演に抜擢した。唯一無二の佇まいとスタイルが、本作に生々しい説得力と磁力を与えている。広告のナレーションも手がけ、故郷ラウマを舞台にした長編『A Light That Never Goes Out』(2025/カンヌ国際映画祭出品、フィンランドのユッシ賞複数受賞)にもカメオ出演している。

出演(“女”役)|ミラ・ルオティ(MIRA LUOTI)

“プロトニ”の名で知られるトニ・ヤルヴィネンは、フィンランド西海岸の街ラウマで数十年にわたり文化シーンを牽引してきた人物。『クロノス・カイロス』の構想も、この街で生まれた。
DJプロトニとして幾世代ものクラブの客を沸かせてきた一方、伝説的なレストランやイベント、フェスティバルの立ち上げと運営に携わってきた起業家でもあり、ラウマの夜を象徴する存在である。
俳優としては天性の才能を持つ。長年の友人である監督ヘッラ・ウルッポが、その「歩き方」だけを理由に彼を主演に抜擢した。唯一無二の佇まいとスタイルが、本作に生々しい説得力と磁力を与えている。広告のナレーションも手がけ、故郷ラウマを舞台にした長編『A Light That Never Goes Out』(2025/カンヌ国際映画祭出品、フィンランドのユッシ賞複数受賞)にもカメオ出演している。

出演(魚介類アレルギーの殺し屋役)|カリ・レイニ(KARI REINI)

ミュージシャンであり、音楽業界の多才なプロフェッショナル。本作が長編映画出演デビューとなる。監督ウルッポとは2000年代初頭のヘルシンキの夜の街で出会った。その後フィンランドの音楽シーンから姿を消し、HIM、Children of Bodom らのツアーに帯同して10年以上を世界で過ごしたのち、アンダルシアの山村アローラに移り住む。創作のための滞在で偶然ウルッポが彼の家を訪ねたことから、二人の交流は兄弟のような関係へと発展した。当初は撮影場所の手配など裏方の役割にとどまるはずが、制作が進むうちに気づけばカメラの前に立っていたという。

クレジット
  • 『クロノス・カイロス』
  • 出演:トニ〝プロトニ〟ヤルヴィネン、ミラ・ルオティ、カリ・レイニ、ミカ・ラッティ、テロ・ホーグルンド
  • 監督・撮影・編集:ヘッラ・ウルッポ
  • 脚本:ミカ・ラッティ、ヘッラ・ウルッポ
  • プロダクションデザイン:テーム・カスキネン|音響:キルカ・サイニオ|音楽:HRDMNN
  • 製作:ミカ・ラッティ、ヘッラ・ウルッポ、トニ・ヤルヴィネン、ヤリ・サラスヴオ、マリスカ、ブー・マルムベリ、ヤリ・ラハテイネン
  • 2025年/フィンランド/フィンランド語/70min/1:2.35/5.1ch
  • 第40回ミッドナイト・サン映画祭 メインフィルム正式出品
  • 配給宣伝:UPLINK、KUJIRA ROUTE

コメント

「今シーズン最も独創的で、最も記憶に残る作品の一本となるだろう。
アキ・カウリスマキが“シュルレアリズムの傑作”と評した映画体験そのものだ。」

── ラウリ・ティモネン(ミッドナイト・サン映画祭 2025)

恋人に捨てられた男は一人の謎めいた男に出会い、2人の奇妙な関係が荒涼とした山岳地帯で展開していく。監督のヘッラ・ウルッポはミュージシャンで映像作家としても活動しているそうだが、映画全編に流れるアンビエントな音楽が映像と一体化。ラヴストーリー、SF、西部劇……様々な要素が混ざり合って、二日酔いのルイス・ブニュエルみたいなグロテスクで美しい妄想の世界を生み出していく。タコにストローを刺してスミを吸うシーンがあるけれど、飲みすぎるとこんな悪夢を見るのかも。

——村尾泰郎(映画/音楽評論家)

最初に連想したのは『第七の封印』。イングマール・ベルイマンが1957年に撮った伝説の映画で、死神との死を賭けたチェスに名優マックス・フォン・シドーが挑む、あのシーン。モノクロ撮影だし、北欧だし、廃墟みたいな舞台だし。シドーの面影と、主演のトニ〝プロトニ〟ヤルヴィネンは似てなくもない。
これが初監督作品だというヘッラ・ウルッポは、フィンランドのミュージシャン。共同脚本のミカ・ラッティは、アキ・カウリスマキと共に映画館「キノ・ライカ」を運営する。彼もまた音楽にこだわりがあるだろう。だからなのか、この映画では、すべての音が存在感を持つ。自然音、雑音、電子音、無音ですら音だ。意味を削ぎ落とした音に慣れていくと、意味を伝えようとする言葉は物語の邪魔になる。ミニマルの極致みたいな画面から、不意に蛸やユーモアがこぼれ落ちるとき、自分の中でメロディが聴こえた。そのとき、この不思議な不思議な映画に感染してしまったとわかった。

——松永良平(リズム&ペンシル)

自分のことを他人事のように感じる。この映画で示されたそんな自分と世界との距離感と『ここ』と「よそ」を仕切る薄くて柔いがしかし決定的で残酷な皮膜の肌触りは、耳鳴り持ちのわたしには限りなくリアルなものだった。近くて遠い世界との関係。生と死が常に反転しながらわたしを動かす。すべてそこから始まる。

——樋口泰人(映画批評/爆音映画祭プロデューサー)

フィンランド語のÄÄNI(アーニ)には「音・声」という意味がある。「声」には意見や考えといった概念も含む。声のない映像が男の存在を危うくする。自然や機械音に囲まれて生きる男の姿は、自分という概念を求め彷徨うかのようだ。やがて音にリズムが生まれメロディが宿り、罵りの言葉が吐き出され、いよいよ歌声が流れる。男は存在した。それにしても何だろう、自分の中に生じるイメージが、ときどき超現実のシーンとしてスクリーンに現れ、そのたび私は私のことが少し恥ずかしくなった。

この映画を手がけたヘッラ・ウルッポについて読んでいて思い出したことがある。ある日、旅の途中でハルヤヴァルタという町に住む知人を訪ねた。トイレの扉と間違えて開けた風呂場に白鳥がいた。傷ついた白鳥をかくまっているという。日常がそのままこの映画と地続きの世界。そんな町でヘッラ・ウルッポは生まれたのだ。

——森下圭子 翻訳家/ムーミン研究者(フィンランド在住)

ギリシア神話における天空神ウラノス(やたらと奥行きのある平らかに広がる画面)は、時間の神である長子クロノスによって男根(ポール)を切り取られた。垂直性はほとんど冗談のように無力で、自転車のタイヤは修理中であるか空転を続けることになる。
 カイロスはクロノスの弟の末子ともされ、主観的な時間を意味する。映像内での出来事(現れるピンポン玉たち)はまだ整然とした時間をなしてはおらず、それでもやがて観続けるうち、次に何が起こるのかが、なぜかわかるようになってくる。これは、時間の発生を見ていることに等しい。

——円城塔 (作家)

劇 場

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