知られざるリトアニア映画の世界◎第1回「he is WANTED : Arturas Barysas|指名手配:アルトゥラス・バリーサス」

5月19日(日)16:00 / 18:00 / 20:00(各回10分前に開場)

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日時
5月19日(日)16:00 / 18:00 / 20:00(各回10分前に開場)
料金
¥1,500(各回入替制) ※パスポート適用対象外
会場
FACTORY(1F)
作品分数
106分(11作品)
このシリーズでは、バルト3国のひとつリトアニアの映画史に光を当て、日本では殆ど知られていないアーティストや作品を特集します。

第1回
he is WANTED : Arturas Barysas
指名手配:アルトゥラス・バリーサス


リトアニア前衛映画のパイオニアとして知られ、音楽や古書の専門家、コレクターとして生計を立てながら、前衛音楽バンド「I.V.T.K.Y.G.Y.G(アンド・エブリシング・ワット・イズ・ビューティフル・イズ・ビューティフル)」のリードボーカルとしても活動した奇才、アルトゥラス・バリーサス(1954-2005)の代表的な短編映画を本邦初公開。

★各回、上映前に今回の上映プログラムを企画したVika Mnoさんによる簡単な解説あり。


▼上映作品
『Apples and salt』(1971年/3分)
『Victims of fashion』(1972年/6分)
『Those who don’t know should ask those who know』(1975年/5分)
『That sweet word…』(1977年/1分)
『Snow』(1978年/3分)
『Rimas, Renata, Romas』(1977年/4分)
『Her love』(1979年/25分)
『We』(1980年/8分)
『He is wanted』(1980年/38分)
『Two people in the forest』(1982年/7分)
『Music video with movie footage for I.V.T.K.Y.G.Y.G』(6分)


企画:Vika Mno
主催:Vika Mno + UPLINK




 ソヴィエトの統治下にあったリトアニア、首都ヴィリニュスを拠点に、リトアニア前衛映画の先陣を切り独自の映像表現を追求しながら、そのカリスマ性と数々の奇抜な言動でシーンに影響を与えた問題児アルトゥラス・バリーサスは、1970年から1984年の間に約40の16mm短編映画を自らの監督、出演、編集によって制作しました。

 表現の自由が抑圧された時代においてバリーサスは、映像表現に自由への活路を見いだし、その作品は、ダークなユーモアと皮肉で彩られた軽妙なコメディーを基調として、社会的規範や大衆文化、それらに内在する平均、統制、平凡へと向かう力に反抗しながら、ソ連・リトアニアにおける日常的現実の不条理を映し出しています。

 「美しいものは、しばしば不快なものと考えられてしまう。なぜだか知ってるかい? それは、すべての人が、この美しさを認めることができるわけではないからだよ」とバリーサスは言います。

 前衛音楽バンドのリードボーカル、音楽コレクターであったバリーサスはまた、作品の意図を伝える手段として台詞よりも音楽を用いることを好み、独自の方法で映画作品に取り込みました。自身の膨大な音楽コレクションから自らミックスし、マニキュアでテープをつなぎ合わせて制作されたとも言われるサウンドトラックもバリーサス作品の一つの重要な特徴となっています。

 今回上映されるプログラムは、バリーサスが17-18歳の時に制作した快活な最初期の作品、「リンゴと塩」(1971)「ファッション・ヴィクティム」(1972)に始まり、ソヴィエト政府当局より不道徳とみなされ発禁となった、青年と年上の女性との恋愛を描く「ハー・ラブ」(1979)、そして、すべての作品の一年間の上映禁止を受けるなか制作され、バリーサス最長であり最重要作品といわれる「ヒー・イズ・ウォンテッド」(1980)へと続きます。ここでバリーサスは、ひょんなことから理髪師に指名手配リストにあげられる男を自ら演じています。女装をして逃走する男は、不断に迫りくる追っ手から果たして逃げ切れるのか・・。最後は、I.V.T.K.Y.G.Y.Gによる前衛ミュージックビデオをお送りします。



アルトゥラス・バリーサス|Arturas Barysas



リトアニア前衛映画のパイオニア、音楽・古書コレクター、前衛音楽バンド「I.V.T.K.Y.G.Y.G」(アンド・エブリシング・ワット・イズ・ビューティフル・イズ・ビューティフル)のリードボーカルとして幅広く活動。その個性的かつ冒険的な生き方は、本のモデルにもなるなど周囲に多くの影響を与えた。2004年に没した後もその奇抜な人間性とクリエーターとしての側面にフォーカスしたドキュメンタリー映画や本が制作され各方面から評価を受け続けている。短編映画は、スウェーデン、ドイツ、英国、アイルランドなどの映画祭等で特集され多数の賞を獲得した。


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