『17才の別れ』

上映終了

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日時
上映終了
料金
一般¥1,500/学生¥1,300(平日学割¥1,100)/シニア¥1,100/UPLINK会員¥1,000/高校生以下¥800
会場
FACTORY(1F)
作品分数
111分
リンク

1945年3月沖縄。
宮城巳知子さんら県立首里高等女学校の生徒61名が徴兵された。
なぜ女学生が徴兵されなくてはならなかったのか?

人が語り、笑い、人として生きていくとはどういうことなのか。
宮城巳知子さんの話と、彼女達が逃げ惑った足跡の風景、沖縄戦線アーカイブス、現代の沖縄の女子高生たちの瑞々しい姿を通して、継承していくべき沖縄戦の真実を炙り出し、人が「生きる」とは、どういうことなのかを問う。
平和を維持するために、あなたは何をしますか?


第二次世界大戦末期。
日本軍大本営の命令の下、沖縄戦線日本軍負傷兵看護を目的として、女学生たちは「徴兵」された。「出兵」まで僅か数週間…花の女学生が従軍看護要員「瑞泉学徒隊」として、あたかも現在の「看護専門学校卒業生」であるかのように仕立て上げられたのだった。

50万人以上というアメリカ軍に対して、日本軍は僅か12万人足らず。既に本土からの軍事物資の補給も食料の輸送も途絶えていた。
雨のように降る砲弾、迫り来る戦車と火炎放射に、壕から壕へと逃げ惑う負傷兵と瑞泉学徒隊の女学生たち。昼は壕の中で息を潜め、闇を縫っては水を汲み食料を探す日々。助かる可能性のない重傷兵に毒の入った注射を打って永久に眠らせよと軍医に命令される、悪夢のような日々。戦火が消え去った時には61名いた友が、半数以下の28名になっていた。

九死に一生を得た宮城巳知子さんは、小学校の教諭となり、結婚して子どもたちにも恵まれたが、自身の体験を他人に語ることが出来なかった。人に話すには、受けた衝撃が果てしなく大きく、余りにも重すぎたのだ。彼女が初めてそのことを人前で話せたのは、定年退職後の1989年、63才のときだった。二度とあのようなことがあってはならない。そう思って悲惨な体験を伝えることに使命感を感じたのだ。それからは、機会ある毎に、集会や学校に招かれて自身の体験を話し続けた。その講演は300回を超す。
瑞泉学徒隊の一人だった宮城巳知子さんは、現在89才。今は体力が衰えてきて、人前で語ることが難しくなっている。

『17才の別れ』ブログ




『17才の別れ』(111分/日本語・英語字幕付き)
監督・製作:齊木貴郎
出演:宮城巳知子、嘉数ゆい、南部安耶、沖縄県立豊見城高等学校生徒
撮影:岩神拓郎
製作協力:成井俊美、KenHanada
音楽:「水の記憶」作詞・作曲・演奏・歌唱:石田倫依
協力:御法川慎司



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