『ゴンドラ』

上映終了

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日時
上映終了
料金
一般¥1,500 / 学生¥1,300(平日学割¥1,100) / シニア¥1,100 / UPLINK会員¥1,000/高校生以下¥800
作品分数
112分
リンク

舞台挨拶情報

4/15(土)登壇者:木内みどり(女優)
4/16(日)登壇者:貞末麻哉子(本作プロデューサー)
4/17(月)登壇者:伊藤智生(TOHJIRO)(本作監督)
4/18(火)登壇者:加藤純一(ニコ生主)、伊藤智生(TOHJIRO)(本作監督)
4/19(水)登壇者:飯田譲治(映画監督)、伊藤智生(TOHJIRO)(本作監督)
4/20(木)登壇者:今関あきよし(映画監督)、伊藤智生(TOHJIRO)(本作監督)
4/21(金)登壇者:朝岡実嶺(女優)、伊藤智生(TOHJIRO)(本作監督)
4/22(土)登壇者:木内みどり(女優)
4/23(日)登壇者:貞末麻哉子(本作プロデューサー)
4/28(金)登壇者:木内みどり(女優)、伊藤智生(TOHJIRO)(本作監督)
5/1(月)登壇者:伊藤智生(TOHJIRO)(本作監督)

現代に問いかける魂の旋律
完成より30年を経て、デジタル・リマスター版としてリバイバル上映!


To Love again is to Live Again
生きること、それはもういちど愛すること—–




大林宣彦(映画監督)

 まるで十歳の少女、そのもののような映画だ。ぶっきらぼうで、かたくなで、挑戦的で。だから限りなく優しくて、いたわり深くて。真の底からリアリストであるがゆえに、とめどなくロマンチシズムを紡ぐ。十歳の少女は、それ自体、奇蹟だ。その少女の目から、人間を見た。その時、例えば、海は固有の物語となった。そこにこの作者のこだわりがある。ギクシャクしたそのこだわりが、ひとつの生命力を持ち、音楽となり、言葉となった。その言葉に耳を傾け、その心の響きに耳を澄ます悦びが、この映画にはある。美しい映画だと、ぼくは思う。

佐藤忠男(映画評論家)

 「ゴンドラ」は、美しい情感を持った映画である。やさしく、心がこもっており、ていねいな仕上がりだ。映画づくりが総じてますます乱暴な方向に向かってゆく傾向の中にあって、これは貴重なことだと思う。

石井聰互(岳龍)(映画監督)

 薄っぺらな愛と感動に占領された日本映画の銀幕(スクリーン)上の「乾ききった夢(ドライ・ドリーム)」を潤すに十分な、ナイーヴで水々しい感性にあふれた劇映画である。その美しきナイーヴさの底に秘められた「浮遊する魂」の叫びは、満たされない感動(カタルシス)の呼吸困難に喘ぐ、ガラスケースの中の観客たちの心の奥の大切な部分に、ある共振をひき起こすに違いない。

森崎 東(映画監督)

 「ゴンドラ」は迸る作品だ。水彩画の筆の動きに、微かな、幼児の記憶のように幽かな音を入れる、という感性の迸りに、日本映画、いや全映画の中で、かつてなかったこの大胆で繊細きわまる感性の迸りに、そしてラストシーンの夥しい灯のゆらめきの迸るような美しさに感動しない人はいない筈だ。今、この映画の迸りは、せき止められている。日本映画界は、この迸るものをして、完全に、烈しく迸らしめねばならない。


あなたには居場所がありますか?

高層ビル街の上空。ゴンドラに乗って窓を拭く青年・良。窓ガラスの向こう側は彼にとって音のない別世界。眼下にはミニチュアールな都会の光景 ―ノイズが波の音に聴こえ、彼の目には海の幻が見える―。 
11歳のかがりは、母・れい子とふたりでマンション暮らし。母は音楽家の夫と離婚し、夜の仕事で忙しい。かがりの晩ごはんは個食 ― 彼女のひとり遊びの相手は、二羽の白い文鳥、そして音叉の響きに耳を澄ますことだった。

―Aの音―その響きは、かがりの心を落ち着かせ、調律した。

ある日、鳥かごの文鳥が激しく争い、1羽が傷つく。瀕死のチーコを両掌に抱きとり、茫然自失として立ち尽すかがりを、窓の外を降りてきた窓掃除の良が目撃する。――死んじゃうと、生きてたことってどこにいっちゃうのかな――
失われた命の旋律をとりもどすために、ふたりが向かったのは、暖かい北。



『ゴンドラ』(1986年/日本/スタンダード/イーストマンカラー112分/デジタル・リマスター版)
監督:伊藤智生(TOHJIRO)
プロデューサー:貞末麻哉子
出演:上村佳子、界 健太(新人)
木内みどり、出門 英、佐々木すみ江、佐藤英夫
鈴木正幸、長谷川初範(友情出演)、奥西純子、木村吉邦
1986年 OMプロダクション製作/ 1988年 劇場公開作品
伊藤智生(TOHJIRO)第一回監督作品


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