映画『ダブリンの時計職人』

監督インタビュー

車上生活という厳しい状況に陥った主人公フレッド。僕は、人生に行き詰った人間が、自分の内面を見つめ、どう変化していくかを描きたかった。社会の片隅に追いやられた時、人生はより深みを持って現れるんだ。

──なぜ、主人公をホームレスにされたのですか?

ダラ・バーン(以下バーン):僕はドキュメンタリー畑の人間で、アイルランドのバブルが崩壊した頃から、街に溢れていくホームレスの人々をテーマに別の作品を撮っていた。そして、この人たちついてもっと深く知りたい、彼らの世界についてさらに突っ込んで考えたいという思いが残った。 ドキュメンタリーではなくフィクションにしたのは、彼らの物語を伝えるには、そのほうがパワフルで興味深い作品ができると思ったからだ。たくさんのリサーチをし、大勢のホームレスたちに会って話を聞いた。人物については特定のモデルがいるわけではなく、完全なフィクションだ。フレッドは、現実に存在したかもしれない多くの人々の総合体のようなものだ。だから、過去を特定できないように描いた。 

ダブリンの時計職人

父親との確執を乗り越えられずにいる、ホームレスの青年カハル、ヘルシンキ出身の未亡人ジュールス、そして時計職人フレッド。 登場人物の3人は、それぞれ悩みを抱えて暮らしている。彼らの共通点はアイデンティティーを見失っているという事だ。

─3人の登場人物について教えてください。

バーン:フレッドについては、海岸の小さな駐車場に謎めいた“過去を特定出来ない男”として登場させた。 その人物に何が起きるか観察したら面白いのではないかと思ったからだ。車上生活という厳しい状況に陥っ たフレッドは、日常の作業にすがって日々を乗り切ろうとしている。毎日ひげをきちんと剃り、水を汲み、植物の世話をする。こうしたささやかで規則正しい日常に助けられて、フレッドは毎日を過ごそうとする。デイリーという名字にしたのは、フレッドがデイリーライフを生きている人間だからだ。ある期間を経て、人生に行き詰まった人間が自分の内面を見つめ、どう変化していくか描きたかった。そして、彼はカハルやジュールスとの出会う。2人は、フレッドの世界観や現実に対する認識、彼の抱える困難さに問いを投げかける役割を担っている。

フレッドの隣人として現れたカハルは、父親にひどい扱いを受けて居場所を見失い、家を出てしまった若者 だ。そしてドラッグに走った。カハルのバックストーリーについて、映画ではあまり詳しく説明していないが、 典型的なジャンキーではなく、普通に成長した青年が、父親との確執をきっかけにドラッグへと向かい、車 上生活に行き着いてしまった人物なんだ。カハルの最初の記憶は、父親や家族と一緒に見た花火だ。家族と の平和な花火の記憶は、彼の最初と最後の記憶として重なり、ラストシーンで思い出が呼び覚まされるよう な構造になっている。花火はダブリンではあまり見ない気もするが、花火大会は毎年行われている。リアルジュールスもまた、アウトサイダーだ。ヘルシンキ出身のフィンランド人だが、アイルランド人の建築家と結婚してダブリンに来た。だが夫は亡くなり、寡婦としてアイルランドに残りで一人で暮らしている。自分が何故ここにいるのか分からなくなったところが、ジュールスとフレッドの共通点だ。 3人はそれぞれの悩みを抱えているが、彼らの共通点はアイデンティティーを見失って苦しんでいる、という点だ。僕は、人は社会の片隅に追いやられた時、何かを学ぶと思っている。何もかも失った時、人は、自分自身について、社会について、何かを発見し人生をより深く見られるようになるんだ。ドキュメンタリー制作の現場から学んだことだ。

ダブリンの時計職人

駐車場は殺風景な感じが良かった。
フレッドの心情を表すような風景だからね。

─駐車場のシーンはとても印象的です。ロケ地選びの基準について教えて下さい。

バーン:ロケ地探しでダブリン中の駐車場をたくさん見て回った。その結果、あの海岸沿いの駐車場を選ん だ。まず、フレッドの心情を表すような殺風景な感じがよかった。距離的には街にとても近く、フレッドが昔住んでいた家のある場所にも近くて、都会でもあると言える。そういう意味でとても魅力的な場所だったし、画的にもいろんな撮り方ができそうで、作品を引っ張り上げてくれそうだと思った。 でも、なぜ物語の軸が駐車場だったかというと、すべてを失って車上生活を余儀なくされたフレッドのよう な立場の人が、駐車場に集まってくるのは自然なことだからだ。きっとされは、世界中で起きている。それ に、駐車場に暮らしていればおのずと自分以外の駐車場の“隣人”とも出会うわけだから、他の人物も登場させやすい。原題の"Parked"も駐車場というロケ地とリンクしている。さらに言うと、フレッド、カハル、ジュールスの内面も“停まった”状況にあるんだ。3人は前進しようともがきながらうまくいかず、“停まった”まま動けなくなっている。

ダブリンの時計職人

─アイルランドでは、若者をめぐる薬物問題は深刻なのでしょうか?

バーン:他のヨーロッパ諸国同様、アイルランドでもドラッグの乱用は問題になりつつある。都市部で顕著だが、全国的な傾向でもある。カハルの借金は600ユーロだが、その程度の金額でも深刻な状況に陥り得る。 アイルランドでは、600ユーロの借金のために人を脅すことは可能だ。そういう犯罪への取り締まりが手薄 なんだ。カハルと借金のくだりはリアルで、実際に起こり得るものだ。ただ、それは他のヨーロッパ諸国でも共通していると思う。麻薬絡みの金は通常、もっと額が大きいとも言えるが、そうした取り引きをしている人々でも、少額の不払いを容赦せず、周りへの見せしめにすることがある。この程度だからって見逃さないぞ、という脅しだ。ドラッグにまつわる現実については、誠実に物語ろうと心がけた。売人の描き方にしてもそうだ。この作品はドラッグ使用を認めていないし、ドラッグを派手に描くこともしていない。ドラッグが引き起こす暴力についてもリアルな表現を求め、飾り立てたりセンセーショナリズムに陥ったりしないようにした。

インタビュー:額賀深雪

DIRECTOR


ダラ・バーン

ダラ・バーン/Darragh Byrne
これまで20年間にわたり、アイルランドの放送局RTEでドキュメンタリー映像制作に関わる。1994年、初の短編ドキュメンタリー監督作『JFK in the Island of Dreams』で欧州メディアプロジェクトの賞に輝く。以後、数々の社会的・政治的テーマを扱ったドキュメンタリーを制作。本作が初の長編劇映画デビューとなる。

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