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Voices from GAZA

エピソード3

2026年7月31日 劇場&オンライン公開

9月のアル・ラシード通り

撮影日: 2025年9月〜11月 
撮影場所: アル・ラシード通り(ガザ市沿岸道路)
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劇場公開版
(67分)
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視聴料はガザでの映像制作費に使用させていただきます。

ストーリー

2023年から約2年にわたり繰り返された空爆により、ガザは見渡す限り瓦礫の街並みと化した。その風景はまるで原爆投下直後の広島のようである。

2025年9月9日、イスラエル軍はソーシャルメディアや空中に投下したビラを通じて、ガザ市全域の住民に対し、アル・ラシード通りを経由して南部のアル・マワシまで避難するよう呼びかけた。

9月14日にイスラエル軍は作戦を強化し、未だ残る市民への再警告を発した。市民は退避命令を受け、一斉に移動を始めた。大量の荷物を積み上げた車やトラック、馬車が行き交い、着の身着のままの人々が慌ただしく逃げている。

避難民で溢れかえり、砂埃舞う道路のわきで、休息のためテントづくりにいそしむ家族がいた。父親を手伝う子どもたちの顔には疲弊の色が浮かんでいる。

テントが完成し、一家はようやく食事を取る。戦禍の中でも、家がなくても、生活は続いていく。

9月16日、予告されていたイスラエルの地上軍事作戦が開始され、ガザ北部での戦闘はさらに激化した。この日のアル・ラシード通りでは数千人規模の避難民が南へと向かった。

ガザ市内から避難する子どもたち。4時間か、5時間か、6時間か――どれほど歩いたのかも分からなくなるほど、歩き続けている。

美しい地中海沿いにもテントが連なっている。

火の燃料になりそうな資材をかき集める父親、かまどでパンを焼く母親、海に水を汲みに行く少女。時には紅茶をたしなみ、海水浴をする人々。そんな彼らを照らす太陽はいつも通り沈み、また昇る。

避難しながらもそれぞれの知恵を絞り、多様な生活を日々営んでいる。

アル・ラシード通りについて

パレスチナのガザ地区、ガザ市の海岸沿いを走る主要な道路。

2005年からイスラエルに包囲されているガザ地区では、電力の供給が安定せず、1日最高20時間に及ぶ停電が起こる。真っ暗になった自宅で過ごしたくない人々は、夜にアル・ラシード通りに集まってくることで知られていた。通り沿いの出店は発電機を駆使し、集まる人々に灯りを提供していた。

2024年2月29日の「小麦粉虐殺」では、小麦粉を積んだ搬入トラックが検問所を出た時点で物資を求める人々がトラックに群がったが、多くの人が銃撃と砲撃を受け、少なくとも112人死亡、760人以上が負傷した。

繰り返される「避難命令」

避難命令が一度きりではなく、短期間に何度も繰り返されている点が大きな特徴である。対象地域が次々と変わるため、住民は生活の拠点を持てないまま移動を繰り返すことになる。

ガザ地区の住民の大多数が避難を経験しており、人口のほぼ全員が一度以上の避難を強いられ、多くの人が複数回にわたって移動している。また、いわゆる「安全地帯」とされた地域でも攻撃が行われており、「避難すれば助かる」という前提が成り立たない状況になっている。

高齢者、障がいのある人、負傷者、患者や医療従事者など、移動自体が困難な人々も多く存在する。避難の繰り返しは生活基盤を著しく破壊し、食料・水・医薬品へのアクセスも困難になっている。

スタッフ

監督:ムハンマド・サウワーフ
撮影:イブラヒム・アル・ウトゥラ、ハッソナ・アル=ジャルジャウィ
ナレーション:ガダ・アブド・アルファッタ
編集:芝暢佑
整音:真野悠作
製作:アップリンク、アレフ・マルチメディア