解説1

世界に届けられた、監督のポジティブなメッセージ。

佐藤久理子(パリ在住、映画ジャーナリスト)

この作品が初めて披露されたのは、2007年カンヌ映画祭の「監督週間」という部門においてだった。公式上映でスタンディング・オベーションが湧き起こり、エモーショナルな反応を前にしたサンドリーヌ・ボネールの感無量の表情が、いまでも忘れられない。その後に行われた会見で彼女は、自分はこの作品を多くの人に見てもらうことを目的に作ったものの、まさか国際映画祭のこれほど重要な場で披露できるとは夢にも思っていなかったこと、またカンヌへの出品が決まったためにテレビ局が反応を示し、海外の配給会社からも注目を得ることができた、と語っていた。監督週間はメイン・セクションのようなコンペティション形式ではないため、華やかな賞はないものの、権威ある国際批評家連盟賞とアート&エッセイ特別賞を受賞したことは特筆に値する。

自閉症がテーマのドキュメンタリーは、決して宣伝しやすいものではない。ましてボネールにとって、実の妹のリアルな症状を克明に捕らえた作品とあらば、モラルを問われるリスクもあるかもしれないし、逆に彼女自身がセレブリティであるだけに売名行為と受け取られる可能性もなくはない。みずからカメラを操っていた撮影の段階からして、いかに心情的にタフだったかを想像するのは難くないだろう。だがそれでも彼女はこの大役をまっとうした。それは妹を愛していたことは言わずもがな、これが彼女にとっていわばミッションであり、自閉症の治療の現状を改善したいという未来へ向けての一歩だったからだ。

実際この作品のプロモーションにおけるボネールの積極性は、通常の映画のそれとは比較にならないほどだった。カンヌ映画祭直後にパリで行われる「監督週間スペシャル再上映」でも、他のほとんどの作品は上映だけだったにもかかわらず、彼女は討論会に駆けつけた。カンヌの評判のおかげで、映画館における一般公開の前にフランスの3チャンネルでの放映が決まり、そのときもインタビューに応えていた。とくに訴えていたのは、精神病院とは異なる自閉症の人々を適切にケアすることのできる施設がフランスにはあまりにも少ない、ということだ。7月にパリで開催される映画祭「パリシネマ」でも、上映とトークをおこなった。

こうした地道な努力のおかげで、翌2008年1月に本作が国内で公開になる頃には、すでに一般観客にもある程度この作品のことは伝わっていた。作品の性格上、上映館数はパリとその近郊で5館と、決して多くはなかったし(ただしドキュメンタリーにしては上々)、正直ヒットチャートにのぼるような興行成績には至らなかったが(すでに地上波のテレビで放映されたことも理由だろう)、一ヶ月以上のロングランを記録したのだから大したものである。興行成績に影響を及ぼすと言われている日刊紙(ル・モンド、リベラシオン等)から雑誌(テレラマ、カイエ・デュ・シネマ、ポジティフ、ステュディオ・マガジン等)が、軒並み三ツ星または最高の4ツ星評価を与えていたのも、かなり稀なケースだ(※フランスの映画サイト参照)。その内容は、「映画とヒューマニズムの素晴らしいレッスン」(ル・モンド紙)、「この作品がまったくもって素晴らしいのは、もっとも具体的なリアリティからもっとも詩的なものへの飛翔まで、すべてを同時に兼ね備えたそのキャパシティ」(リベラシオン紙)というものから、「告発の意を込めた社会的ドキュメンタリー。監督は(事実から)視線を背けたがる社会に指を突きつける」(ポジティフ誌)といったものまでさまざま。これはそのまま、作品の持つ奥深さを物語っている。

さらに重要なのは、ボネールの言によればこの作品が労働・社会関係・家族・連帯省で上映され、2008年から2010年にかけた政府の障害者に対するプロジェクトへの、彼女自身の参加が決まったことである。そこで具体的な活動を広げることによって、今後は現在の医療施設の状況を少しずつでも改善できるのではないか、とボネールは期待しているようだ。

ユニバーサルなテーマを扱ったこの作品の評価はもちろん、フランス国内だけに留まらない。海外での国際映画祭に目を向けてみよう。ベルリン映画祭(タレント・キャンパス部門)やアムステルダムのインターナショナル・ドキュメンタリー・フェスティバルといったヨーロッパの大きな映画祭はもとより、シカゴのドキュメンタリー映画際Docufestやリオ・デ・ジャネイロ映画祭、釜山国際映画祭など、世界各国にまたがる、じつに二十カ国以上の映画祭に参加している。作品が一人歩きを始めるのは優れた映画にはよくあることだが、本作もまたその例に漏れないのは明らかだ。思えば日本にこれまで紹介される機会がなかったことが、不思議なほどである。

今回、本国の公開から一年あまり遅れて目出たく公開に漕ぎ着けることになった。映画を観て頂ければわかる通り、時を経たからといって色褪せる作品では毛頭ない。初監督作品とは思えぬほど骨太なこのドキュメンタリーが、日本でも大きな反響を呼ぶことを期待するばかりだ。




≫解説2:市川宏伸氏(都立梅ヶ丘病院院長)    |    ≫解説3:太田康夫(朝日新聞大阪本社生活文化グループ記者)